Hidaigo Metro

当サイトでは、主に乗り鉄、撮り鉄として専ら活動し、その記録をこのブログにまとめたものです。皆さんもぜひご覧いただき、励みになってほしいと思います。

2021.04.24 京急ミュージアム

さて、コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかかれない中、いかがお過ごしでしょうか。

そんな中、今月19日に神奈川県海老名市に小田急ロマンスカーミュージアムが開業いたしましたね。本当なら、この週末はロマンスカーミュージアムに惹かれようとするところですが、こちらは事前予約制ということで、今回は整理券配布制の昨年1月に同県横浜市に開業した京急新本社内にある京急ミュージアムへ行こうと思います!!

京急ミュージアム  本社 に対する画像結果

本社の2階で整理券が配られるまで2時間待たされました。

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12時30分、いよいよ入場時間になりました。ジオラマは実際の京急沿線の風景を再現していました(羽田空港や川崎大師、三浦半島など)。 

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運転シミュレーターは抽選制で、残念ながら抽選に外れてしまいました。

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この博物館に保存されているのは、デハ230形は、1930年から1978年まで京急で活躍していた名車です。引退後は、埼玉県川口市文化施設に保存されましたが、2年間にわたる復元作業を経て当館に保存される経緯になりました。

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保存車両の右脇には、実物大の踏切が。

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さて、この踏切にある非常ボタンを押してみましょう。

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また、ドアスイッチも設置されてました。

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実際に押すと、このようにドアが開閉するのです。

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ホームに上がると、そこには昭和の懐かしさを物語る風情が待っていました。

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このゴミ箱の中には、、、

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新聞紙や空き缶、ミカンの皮が捨てられてるのを再現されていました。

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京浜蒲田(現・京急蒲田)や京浜安浦(現・県立大学)といった懐かしい駅名板も健在です。

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さて、いよいよデハ230形の車内へ潜入!!

車内は温かみある青系のロングシートに木目調の床です。

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運転室はこんな感じ。右がブレーキで左がマスコンだったような気がします。。。

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運転席のかぶりつきにも座席があり、前面展望も楽しめるようになっていました。

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懐かしい中づり広告も見逃せません!!

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冷房はかつては扇風機だったのです。それが今も元気に稼働しておりました。

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大師電気鉄道(開通後すぐに社名を京浜電気鉄道に改称)は1885年に路面電車として六郷橋~大師間で開業し、日本初となる世界標準軌(1435mm)を採用されました。

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これは1905年に品川(八ツ山橋)~神奈川間が開業した当時の路線図です。

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1937年の日中戦争時には、小田急・東急・京王などとともに東京急行電鉄に統合されたこともありました。

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1948年には東京急行電鉄から分離独立し、資本金1億円をもって現在の京浜急行電鉄として再スタートを切りました。

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その後、三浦観光開発、沿線開発の本格化、都営浅草線との乗り入れ開始などが行われます。

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平成になってからさらなる飛躍を果たします。京急百貨店開業、釜利谷地区の開発、京急ウィング号の運行開始などが1980年代以降に行われ、

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1998年に羽田空港直下に新駅が設置され、現在のような形へと発展していきました。

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車体前面のサボは、京急大師線のものを使用していました。

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京急の車両展示、情報収集だけでなく、シミュレーターやマイ鉄道工場、バスの情報などもあり、あれこれ充実した施設なのでぜひお越しいただければと思います。

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最後に京急川崎駅にて、数少なくなってきた都営5300形によるエアポート急行を撮影し、帰宅したのでした。